効果的な事業転換~忘却・借用・学習のサイクルを回す~(後編)

前編では、事業構造転換の流れ、および既存ビジネスモデルの要諦について考えました。
後編ではいよいよ忘却・借用・学習について記載します。

3.忘却と借用の選択

これまでの経験上、何を忘却して何を借用するかはシナジーの度合と競争優位の実現性(VRIO分析)の結果を用いて判断すると上手くいくことが多いと感じます。ここではまず、シナジーに関して解説していきます。

 

3.1 シナジーの度合

D・アーカーが定義した1)販売シナジー、2)生産シナジー、3)投資シナジー、4)経営シナジー、という4つのシナジーを基に考えていきます。

 

販売シナジーは流通チャネルや物流網等です。今の販路や顧客接点が活用できないか考えることが重要です。例えばセブン銀行は顧客接点である店舗にATMを置くことで販売シナジーを効かせました。

 

生産シナジーは工場設備や原材料等です。例えば共通の設備を活用することで規模の経済性を効かせたり、原材料を全く異なる領域へ展開する等です。寒天の国内シェア80%を持つ伊那食品工業は、寒天原料を活用して食品だけでなく化粧品や医療品の領域に進出しています。

 

経営シナジーは人材や経営ノウハウ、資金力等です。日立は社内のRPA導入チームによって業務の自動化に成功しました。そのノウハウと実際に稼働したRPA導入チームを新事業部門として独立させ、様々な製造業にRPA導入コンサルサービスを展開しています。

 

最後に投資シナジーとは技術特許やブランド等です。例えばキャノンはカメラから始まり、現在は半導体露光装置の製造まで手掛けています。

 

このような4つのシナジーが、新規事業と既存事業の間でどの程度効きそうかを検討する必要があります。新規事業のビジネスモデル上必要な項目の中で、既存事業が持っていてかつシナジーの度合いが大きければ借用、小さいもしくは悪影響を及ぼしそうであれば忘却する、という選択になります。

 

3.2 競争優位の実現性(VRIO分析)

前章でシナジーの度合を測定しましたが、新規事業に関係する既存事業のビジネスモデルを全て借用すればよい、というわけではありません。新規事業にとって重要なものだけ借用する必要があります。この重要性を評価するのが、経営資源の競争優位性を分析するVRIO分析です。

 

VRIOはValue(価値)、Rarity(希少性)、Inimitability(模倣困難性)、Organization(組織としての実行性)の頭文字を取ったものです。その経営資源に競争上の価値(意味)があり、他社にとって珍しいもので、なかなか真似できず、組織として実行する体制が整っている時に持続的な競争優位が構築できることを意味しています。

 

新規事業の場合は、このValueが大前提です。これが無いと、そもそも市場で価値が評価されませんので、徹底的に顧客を観察し、その経営資源に価値があるかどうかを判断しましょう。

 

4.学習する組織

最後に学習です。新しい事業に挑戦する場合、トライ&エラーを高速で繰り返すことで打ち手の妥当性を検証していくことが重要です。そのため、いかにトライしたことを学びとして昇華し、次の打ち手に反映させていく仕組みを組織に構築するかが肝となってきます。

 

今回は2つの組織学習に関するプロセスをご紹介します。

 

4.1  SECIモデル

カーネギーメロン大学のアルゴーディによると、組織学習は1)組織・人の知に基づいた実行、2)実行による経験、3)経験による知の獲得、という循環プロセスを取るとのことです。この循環プロセスを説明するために、一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授の野中郁次郎教授が提唱したSECIモデル(図参照)を用います。

 

まず共同化とは、個人の持つ暗黙知を共感と経験の共有によって他社に暗黙知として移転させることです。職人さんの「背中を見ろ」がこれにあたります。

 

次に表出化はこの共有した暗黙知を組織内の対話や思索を通じて言語化、図式化して形式知に変換することです。○○業界のユニクロになる、といったようなメタファーやたとえ話がこれにあたります。

 

連結化は表出化で言語化、図式化した形式知同士を組み合わせたり再配置したりすることで新しい形式知(理論や物語)を生み出すことです。マニュアルの作成やビジョンの言語化がこれにあたります。

 

最後に内面化とは連結化された形式知を実践することで個人、組織のノウハウとして体得し暗黙知化していくことです。業務の反復によって習熟し、組織の文化として醸成されていくことがこれにあたります。

 

このように、1)共同化、2)表出化、3)連結化、4)内面化のプロセスを経ることで経験が知として創造され組織に溶け込んでいきます。そしてさらに次の試行錯誤へと繋がっていきます。

 

4.2  学習型戦略論

著書「学習優位の経営」の中で、学習する組織は1)顧客接点、2)組織DNA、3)顧客洞察、4)事業現場、のサイクルを高速で回していることが述べられています。

 

まず組織接点とはすなわち、顧客に価値を伝え、体験してもらい、そのフィードバックをもらう機会のことです。例えば現在であればSNSでの発信と顧客フィードバックの仕組みを構築している企業が多く存在します。

 

組織DNAとはその組織がこれまでの成功体験や困難から獲得した組織文化や共通価値、行動規範のことです。この組織DNAを通じて、どのような学習の仕組みを構築するかが決まってきます。また、新規事業の積み重ねによって、組織DNAを更にブラッシュアップしていくことが重要です。

 

顧客洞察とは顧客が本質的に求めているものを、徹底した顧客観察によって明らかにすることです。マーケティングの世界では「顧客観察のコツは異常行動を探すこと」と言われています。例えば駅のホームの自販機に並んでいるお客さんが「腕時計をひたすら見ている」ことに気付いたマーケターが、自販機の上に時計を設置して売上を伸ばした事例が有名です。自販機で飲み物を買いたい顧客は、「時間がとにかく心配」だったのです。

 

最後に事業現場ですが、これは現場のオペレーション全てを視える化することです。既存事業のオペレーションが視える化できていなければそもそも借用が難しいですし、新規事業のオペレーションが視える化できていなければ、トライの成否が測定できません。自分たちの行っている活動を視える化するとは、新規事業や事業転換において極めて重要なのです。

 

さいごに

企業を取り巻く環境は、非常に厳しくなっています。事業転換はバクチで行うものではありません。きちんと道筋を立て、何をすべきか明確にしながら進むことが求められています。